2010年12月09日

麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15

[がんじいのジビエ手帖15 麦踏みの風景]

麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15 麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15
一晩中、強い風が吹いて、森の木の葉が散ってしまった。
茶臼原自然芸術館の裏の「じゅうじ農園」の上に広がる空も、一層、青さを増した。
農園では、麦踏みが始まった。
身体に傷がいをもつ通所者の皆さんの農作業も、
堂に入ったものとなった。

正直に白状すると、がんじいは、麦踏みは苦手じゃった。
子どもの頃、無限の広がりを見せるようにさえ思われる麦畑で、
村じゅうの子どもたちが楽しく遊ぶ声を遠くに聞きながら、黙々と麦を踏んでく。
その孤独感と、寒さと、いつ果てるともしれない労働の辛苦が
小さな体と心を痛めつけたのである。

それからおよそ半世紀の時間を経て、久しぶりに見る麦踏みの風景はなつかしい。
淡い郷愁とともに、いつの間にか消えてしまった麦を育て、食べる習慣が、
じつは、日本列島の古層に横たわる食習慣であったことを知ったことも、
少年期の記憶を払拭して麦を踏む景色を愛でるようになった要素の一つであろう。
高千穂神楽には、「五穀」という演目があって、稲や豆、稗などともに麦の神が降臨し、
美しい舞を舞う。
記紀神話にも麦の生産を語る段がある。

麦踏みが始まる頃、
山が、土中深く蓄えた自然薯を一日がかりで掘り、
擂り鉢で丹念に擦ってとろろ汁に仕立て、
麦飯にかけて食べる。
それに「鹿刺し」が添えられれば、
この冬の、まずは一番手を飾る御馳走となる。









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Posted by 友愛社 at 09:51│Comments(0)がんじい
 
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