2010年03月17日

神楽の夜の猪雑炊 がんじいのジビエ手帖12

[がんじいのジビエ手帖12 神楽の夜の猪雑炊]

神楽の夜の猪雑炊 がんじいのジビエ手帖12

 遠来の客を迎えての猪鍋の仕上げは、猪雑炊(ししぞうすい)である。
 この夜は、良い素材が入手できたため、奮発して「大根干し‘イカンテ’と猪肉の脂身の合わせ煮」から始めて、「大根と骨付き肉の煮込み塩味」、「味噌煮込み鍋」、「ロースの焼肉」という猪肉料理のフルコースと呼べるメニューで組み立てたが、最後にうす味の「猪雑炊」加えたのである。
 まず、鍋の底に残ったスープに、あらかじめ取り置きしておいた「大根・骨付き肉の煮込み」の煮汁を加え、ご飯を入れて煮込む。ご飯がやわらかくなってきたころ、細かく刻んだ大葱とサイコロに切った豆腐を入れ、少し煮込む。ひと吹きした頃合いを見計らって、火を止め、卵を入れてかき混ぜれば出来上がり。濃厚な猪鍋のあとに、このあっさりとした味の雑炊はまた格別なのである。

 夜神楽の見物は、終夜に及ぶが、多くの神楽で、夜食が振るわれる。神と人とが饗応し、交歓する場が「直会(おならい)」という場であるから、ありがたく、敬虔な祈りにも似た気持ちを抱きながらいただく。その内容は、猪汁などが出る盛大なものから、一汁一菜程度の質素なものまでさまざまである。所によっては、舞人の夜食以外の食事は出ない場合もあるので、途中の「道の駅」などで一晩夜明かしする分の食料を買い込んでおき、星空の下で食べることもある。いずれも、神楽探訪の愉しみのひとつである。
 夜半、疲れと眠気と空腹感に襲われ、思わず四辺を見回す頃、ここぞとばかりに猪雑炊が
運ばれて来ることがある。このありがたさは、なにものにも代え難い。その温かさと、塩味と、猪肉の野生の香りが、五感を刺激し、再び神楽を見続ける気力と活力を呼び覚ましてくれるのである。
 猪雑炊の味には、塩味や味噌味、醤油味などその土地ならではの味付けと味わいがある。 西都市・銀鏡(しろみ)神楽では、神楽三十一番が夜を徹して舞い終えられた後、古式の猪狩の様子を再現する番付である式三十二番「シシトギリ」がある。狩人に扮した爺と婆が、弓矢を持ち、山に入り、猪を追いたて、見事に仕留める演目である。狂言的に演じられるこの神楽は、演者の当意即妙のアドリブで笑わせ、猪に追われて樹上に逃げる爺婆の様子が爆笑を誘うが、全体を通じては、狩場の持ち場を決めたり、方位を占ったりしながら猪を追い込んでゆく古式の狩猟法の再現であり、「神事」である。がんじいは、始めてこの神楽を見た時(今から三十年も前のこと)には、この爺と婆が、故郷の村で伝来の狩法を受け継いできた自分の父親や祖父の姿に重複し、思わず目頭を熱くしたものである。
 シシトギリに続いて式三十三番「神送り」が終了すると、無事神楽の全演目が終わり、名物の猪雑炊が出る。前夜、奉納され、神楽の祭壇に飾られた猪頭が撰下され、調理されるのだが、塩味だけのこの猪雑炊もまた天下一品と呼べる食物である。


同じカテゴリー(がんじい)の記事画像
がんじい「トロントロン軽トラ市」で考えた
がんじい「トロントロン軽トラ市」を歩いた
がんじい「トロントロン軽トラ市」に行く
麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15
鶏と猫と烏と梟の森 [がんじいの独語帖2] 
竹の子と蕗と小綬鶏の煮付け [がんじいのジビエ手帖14] 
同じカテゴリー(がんじい)の記事
 がんじい「トロントロン軽トラ市」で考えた (2012-01-24 08:57)
 がんじい「トロントロン軽トラ市」を歩いた (2012-01-18 08:57)
 がんじい「トロントロン軽トラ市」に行く (2011-12-28 09:45)
 麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15 (2010-12-09 09:51)
 鶏と猫と烏と梟の森 [がんじいの独語帖2]  (2010-06-10 09:46)
 竹の子と蕗と小綬鶏の煮付け [がんじいのジビエ手帖14]  (2010-06-04 09:45)

Posted by 友愛社 at 09:00│Comments(0)がんじい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
神楽の夜の猪雑炊 がんじいのジビエ手帖12
    コメント(0)