2012年01月24日

がんじい「トロントロン軽トラ市」で考えた



トロントロン軽トラ市の魅力は、軽トラックの荷台に朝どれの農産物や魚介類、地元の手づくり作家の作品などが並べられ、販売されていることと、そこに集まる多くの人々の陽気で活気に満ちた表情である。そして、迫力満点の売り場のおばちゃんたち、それを手伝う健気で元気な少年、ほほえましく愛らしい家族連れの姿なども好ましく、見ていて飽きることがない。




軽トラ市を歩いていて、がんじいは高知市の名物「日曜市」と伊賀上野の「上野天神祭」のことを思い出したものだ。高知の日曜市に行ったのは、今から30年近く前のことだが、がんじいはその頃、湯布院町(現・由布市湯布院町)の旧道「湯の坪街道」沿いの空家を借りて古い道具類を商う小さな店を出していた。まだ湯布院の町が有名になる前のことだったから、人通りも少なく、一週間も雨の日が続くと、通りの商店主などは表に出てきて、空を見上げ、「客が来んなあ・・・」とため息をつくような時代であった。古伊万里の食器類や古布、古箪笥などを並べた店も、当時はそのような品はまだ買い手も少なく暇だったから、営業と買出し(田舎廻りの発掘作業)と取材を兼ねた旅に出かけていた。ふとした縁で、高知の日曜市を取り仕切るという「香具師(やし)」の親分と知り合いになり、その家を訪ね、ついでに親分の露天の隣で店開きをさせてもらったのである。
高知市の「日曜市」は、高知城のすぐ下、追手門から東に伸びる市街へかけて約1.3kmにわたり、毎週日曜日に開かれており、300年の歴史を有するという。戦国末期に織田信長が開いた「楽市楽座」の流れを汲む最も古い市場のひとつであろう。このような市場を取り仕切るのは、昔から、香具師のネットワークであった。伊賀上野(現・伊賀市)の豪族・服部氏が行なった「黒党祭り」やその影響下にあると思われる「伊賀上野天神祭・鬼行列」などをみれば、「忍者」にまでその組織網が広がっていたとみることができるであろう(伊賀上野の天神祭と伊賀忍者の頭領・服部氏、香具師の関係などは、「森の空想ミュージアム」のホームページ「忍者と仮面」の項に詳述)。
現在行なわれている各地の市場などは自治体や市民団体、有志の実行委員会などの運営によるものが多く、どれもが香具師や忍者の影響下にあるわけではないが、年季を経たネットワークは露天商の出る市場などにはいまだに一定の影響力は有していると考えられる。がんじいが飛び入りで高知の日曜市に出店できたのも、それに類する経緯を経たものであった。
その日、市場は盛大な賑わいをみせていたが、器や古布、現代クラフトやガラスなどを並べたがんじいの店では、何も売れなかった。それに引き換え、親分の店には、次々に客が訪れ、番台一枚に積み上げられた品は堅実な売れ行きを見せていた。その品物というのは、なんと、「ハブの黒焼き」と称する粉末であった。そして、それを買ってゆくのは、いわゆる熟女と呼ばれる年代の女性たちで、それは、ご亭主または恋人との間で用いられる秘薬のようであった。がんじいは不思議でたまらず、ついに親分に「それは本当に効くのですか?」と無遠慮な質問をぶつけてみた。すると親分は、「ふふん」と鼻で笑い、否定も肯定もしない玄妙な態度を示しただけであった。
売れない荷を前に、一日香具師の親分の商いを見ていて学んだことがある。それは、さりげなく客に身体を寄せて行く間合いとか、世間話をしていて、何気なく「○○ちゃんによろしくな」と知り合いらしいその女性の相方の名を囁いたり、若い奥さん風の女性の横で「今夜は夢の中だな」と呟いたりする呼吸などであった。閉店時間が迫った頃、にわか雨がきた。がんじいもそれをきっかけに、親分の呼吸を真似て半額処分で荷をさばき、旅費程度の売り上げはなんとか稼いで、高知の城下を後にしたのである。



話が大いにそれたが、この川南町「トロントロン軽トラ市」は、最初に述べたように町の商工会などが主催する現代のバザールであり、相次いだ災害や商店街衰退、過疎などに悩む地域の再生への手がかりとなるべき要素を秘めた催事である。
がんじいは、軽トラ市の賑わいの中を歩いていて、アジアのバザールや日本の古い形態の市場、現代の青空市などについて思いを馳せたのであるが、この日に限っていえば、賑わいに反して、地元の商店街と出展者の関係性が薄く、せっかくの人出が各商店の集客に反映されていないこと、路地や空き地に客が導引されていないこと、クラフトやアート関連の出展が少ないことなどに気付き、「惜しいな」という気がしたのである。今後、このような点に留意し、対応が図られれば、ますます進展が期待される企画である。高千穂や西米良でエコミュージアム計画にかかわり、先日は「九州アートネットワーク車座会議」でも刺激を受けた身として、いろいろなことを考えた一日だったが、ここでは多くを語らず、現地の取り組みと展開を楽しみに待つことにしよう。

      


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