2010年05月28日

森のホタル

[がんじいの独語帖 1]  森のホタル
 
森のホタル

 発生から一カ月が経過した家畜の伝染病「口蹄疫」は、終息に向かわず、むしろ、じわり、と拡大の傾向をみせている。農家や関係者の心配、心痛を思うと、胸が痛む。
 影響は、周辺にも及びはじめている。道路の封鎖や車の消毒は強化され、各種の企画・イベント等の中止は相次ぎ、農産物の出荷自粛、外出自粛なども始まっている。生産や物流の現場も、一般家庭も、ただならぬ緊張感を漂わせながら、経緯を見守っている。
 個人も、周辺の状況と無縁ではいられない。買い物に出かける回数を減らしたり、帰宅時には消毒をしたり、ささやかな寄付活動に参加したりしながら、冷害の年に農地を歩き回った宮沢賢治のように、空を見上げてため息をつき、静かに、息をひそめて暮らしているのである。
 出かける回数が減った分、「九州民俗仮面美術館」の周辺の草刈りや、木立の整備などに手が回るようになった。太陽の光に満ち溢れた宮崎の地では、畑の縁も垣根も広場も里山も、手入れを怠るとたちまち草藪となり、密林の状態へと発展してゆく。快適な自然環境は、絶え間ない自然への働きかけによってはじめて維持されるのである。
 夕食後、下草刈りを終えた森を散歩した。降り続いていた雨も止み、二日ほど吹いた強い風も収まって、淡い藍色が西の空にわずかに残る日暮れ時であった。薄墨色の森の闇から、チカチカと光るものが見え、その光は木立の中を漂い出て、森に囲まれた広場まで来た。
「ヒメボタル」であった。
 ヒメボタルは「森のホタル」とも呼ばれる陸生のホタルで、杉林や広葉樹の林の中などに棲む。小川や田の水路などを棲息地とするゲンジボタルやヘイケボタルに比べてやや小さく、明滅の速度がはやい。雌は草や木の根方に産卵し、移動範囲が狭いが、雄はふわりと漂うように飛ぶ。人里から遠い森に棲むため、知名度も低く、謎のホタルともいわれるが、ホタルの世界的な分布は陸生のもののほうが多いというから、「謎」でも「まぼろし」でもなくれっきとしたホタルの仲間なのである。
 線香花火の消え際のような、はかない光の明滅が、森をひととき幻想的な空間に変えた。その森から流れ出てきた数匹のホタルが、仮面展示室の窓辺に至り、古いガラス窓に光を反射させた。
 


同じカテゴリー(がんじい)の記事画像
がんじい「トロントロン軽トラ市」で考えた
がんじい「トロントロン軽トラ市」を歩いた
がんじい「トロントロン軽トラ市」に行く
麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15
鶏と猫と烏と梟の森 [がんじいの独語帖2] 
竹の子と蕗と小綬鶏の煮付け [がんじいのジビエ手帖14] 
同じカテゴリー(がんじい)の記事
 がんじい「トロントロン軽トラ市」で考えた (2012-01-24 08:57)
 がんじい「トロントロン軽トラ市」を歩いた (2012-01-18 08:57)
 がんじい「トロントロン軽トラ市」に行く (2011-12-28 09:45)
 麦踏みの風景 がんじいのジビエ手帖15 (2010-12-09 09:51)
 鶏と猫と烏と梟の森 [がんじいの独語帖2]  (2010-06-10 09:46)
 竹の子と蕗と小綬鶏の煮付け [がんじいのジビエ手帖14]  (2010-06-04 09:45)

Posted by 友愛社 at 15:12│Comments(0)がんじい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
森のホタル
    コメント(0)